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ホーチミン5区エリアガイド|チョロン(中華街)発祥の地、2025年に3つの坊へ再編

ホーチミンで1区の西隣、ベトナム最大のチャイナタウン「チョロン」の中心地として知られるエリアがある。5区だ。

観光地としての知名度はビンタイ市場やティエンハウ廟で高いが、「エリアとして住む」視点の日本語情報はほとんどまとまっていない。1区・3区・4区・7区・ビンタイン区・タンビン区・フーニュアン区と同じく、ここでも2025年に行政区分そのものが無くなるという変化が起きた。

このガイドでは、再編の中身とエリアの基本情報を、確認できた範囲で整理する。観光目的ならチョロン(中華街)街歩きガイド、洗濯サービスを探しているなら5区(チョロン)の洗濯店ガイドも合わせて参照してほしい。

※ 家賃相場、1区までの所要時間、坊の区割りの一次情報での裏付けは、今回の調査では取れませんでした。本記事では確認できた範囲と、確認できなかった点を分けて記載しています。

2025年7月、「5区」は3つの坊になった

ベトナム語版ウィキペディアの記述によれば、2025年7月1日付で「5区(Quận 5)」は解体され、旧5区にあった坊が統合されて以下の3つの坊(Phường)に再編されている。

新しい坊統合元(旧坊番号)
An Đông(アンドン)5・7・9坊を統合
Chợ Lớn(チョロン)11・12・13・14坊を統合
Chợ Quán(チョクアン)1・2・4坊を統合

4区の再編(旧区名がどの坊にも残らなかった)とは対照的に、5区の場合は「チョロンという歴史的な地区名がそのまま新しい坊の正式名称として復活」している点が特徴的だ。ただし「チョロン」自体は本来、旧5区・6区・11区などにまたがるより広いエリアの通称であり、新しい「Chợ Lớn坊」はその一部(旧11・12・13・14坊のエリア)を指す、という点には注意したい。

なお、この区割りは百科事典的な情報源をもとにしたものであり、決議文そのものや、この地域にある企業・病院の公式サイトでの住所表記を直接確認できたわけではない。正式な住所として使う場合は、必ず最新の一次情報にあたってほしい。

エリアの基本情報

🏘️5区(旧)の基本データ

面積

4区(4.18km²)とほぼ同規模

4.28 km²

人口

2024年12月31日時点

243,553人

地理的な位置関係

  • … 10区・11区と接する
  • 西 … 6区と接する
  • … 8区と接する
  • … 1区・4区と接する

17世紀にさかのぼる華人街としての成り立ち

ベトナム語版ウィキペディアの記述によれば、1623年に阮氏(Nguyễn)の領主がプレイノコール(現在のサイゴン一帯)に徴税拠点を設けたことに始まり、その後華人(ホア族)の移住・交易拠点として発展。1865年には旧5区の一部が「チョロン市」として、当時の南キー総督の布告により正式に都市化された。

長い年月をかけて華人文化が根付いたエリアで、現在もビンタイ市場(Chợ Bình Tây)、テュエタイン会館(別名ティエンハウ廟)、ティエントン寺など、華人街らしい歴史的建造物が集まる。これらの観光スポットの詳しい回り方はチョロン街歩きガイドにまとめてある。

4区・1区とどう違うのか

成り立ち特徴
旧5区17世紀からの華人交易拠点、1865年チョロン市として都市化ベトナム最大のチャイナタウン。観光名所が集中、地元色が濃い下町
旧4区港町として発展、近年は高層コンドミニアム開発が進む面積は最小だが人口密度が高い。1区に運河一本で隣接
旧1区ホーチミンの中心業務地区オフィス・商業施設が集中

同じ「1区に隣接する下町」でも、4区が港町由来なのに対し、5区はより古い時代からの華人街という異なる成り立ちを持つ。

今回確認できなかったこと

正直に書いておく。以下は裏付けが取れなかったため、この記事では数字や断定を避けている。

  • 1区までの具体的な移動時間 … 一次情報が取得できなかった
  • 家賃相場 … 今回は調査していない
  • 3坊の区割りの一次情報での裏付け … 百科事典的な情報源のみで、決議文や企業・病院の公式サイトでの確認は取れていない
  • 日本人居住者の多寡、日系店舗・飲食店の集積状況 … 定量的な情報が確認できなかった

エリアを本気で検討する段階になったら、これらは現地で、あるいは仲介会社を通して直接確かめてほしい。

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